問題一覧
1
マウリヤ朝、クシャーナ朝&サータヴァーハナ朝の後にインドに現れた王朝が①。②以来の③で、④を築いた。都は⑤。
グプタ朝, マウリヤ朝, 北インド統一王朝, インド古典文化の黄金時代, パータリプトラ
2
グプタ朝の初代の王が①。クシャーナ朝滅亡後の混乱を収め、②を征服した。
チャンドラグプタ1世, ガンジス川中流域
3
グプタ朝の3代目の王が①。②や③で④を実現、⑤を築いた。また、文芸の奨励によりインド古典文化が黄金時代を迎えた。
チャンドラグプタ2世, 北インドの支配, サカ族の併合, 最大版図, グプタ朝の最盛期
4
6世紀、グプタ朝は中央アジアの騎馬遊牧民①の侵入で衰退し、滅亡した。
エフタル
5
グプタ朝時代の文化として①の成立がある。②に③などが融合し、①が成立した。
ヒンドゥー教, バラモン教, 先住民の土着信仰
6
ヒンドゥー教の特徴は多神教。中でも三大神の①(創造神)・②(破壊神)・③(維持神)が特に信仰を集める。
ブラフマー, シヴァ, ヴィシュヌ
7
ヒンドゥー教の特徴として①の肯定がある。バラモン教の影響であり、②の中では各ヴァルナの権利や義務が説かれている。
ヴァルナ, マヌ法典
8
【漢字注意】ヒンドゥー教の特徴として民衆の支持がある。①ことで、民衆の暮らしの中に深く根付いていった。
冠婚葬祭などの人々の日常生活に関わる
9
グプタ朝では①の教義研究や、美術・建築が盛んだった。
仏教
10
①の僧②が来訪(②は著書『③』でインドの様子を記した)。
東晋, 法顕, 仏国記
11
また、仏教学院の①が開かれた。
ナーランダー僧院
12
7世紀には①の僧②(著書『③』)と④の僧⑤(著書『⑥』)が訪れている。
唐, 玄奘, 大唐西域記, 唐, 義浄, 南海寄帰内法伝
13
陸→海のルートを通ったのは?
法顕
14
陸路の僧は?
玄奘
15
海路の僧は?
義浄
16
グプタ朝では①の②が栄え、多くのマトゥラー仏が造られた。また、③(地名)やエローラには④が建設され、内部に多くの壁画が描かれた。
純インド風, グプタ美術, アジャンター, 石窟寺院
17
ところが、人々の生活にまで関わる①の勢いに押され、②の民間信仰は衰えていった。その結果、仏教徒の数はインドよりも東アジア・東南アジアで増えることに。
ヒンドゥー教, 仏教
18
①文学は②(古代インドの共通語)で書かれた文学。宮廷詩人の③は④を著した。また、長い間インドで語り継がれてきた叙事詩『⑤』と『⑥』が現在に伝わる形に完成した。
サンスクリット, サンスクリット語, カーリダーサ, シャクンタラー, マハーバーラタ, ラーマーヤナ
19
グプタ朝のその他の文化として、①の発見や②の使用などがある。
ゼロの概念, 十進法
20
①はグプタ朝の次に建国された王朝。②が建国した、③。都は④。
ヴァルダナ朝, ハルシャ王, 北インド最後の統一王朝, カナウジ
21
①はヒンドゥー教・仏教を保護し、文芸を奨励。②からは③が来訪し、ヴァルダナ朝の④で学んでいる。しかし、王の死後、ヴァルダナ朝は急速に衰退して滅亡した。
ハルシャ王, 唐, 玄奘, ナーランダー僧院
22
7世紀、南インドでおこった①(神への絶対的な帰依を説く②の宗教運動)は、14世紀に北インドに波及した。
バクティ運動, ヒンドゥー教
23
①の滅亡後、北インドでは②と呼ばれる諸民族が各地に小王国を建て、互いに争った。8〜13世紀の北インドは③と呼ばれる。
ヴァルダナ朝, ラージプート, ラージプート時代