問題一覧
1
将軍徳川吉宗に登用された人物で山田奉行から江戸町奉行に抜粋され、すぐれた行政手腕を発揮し寺社奉行にまで栄進した人物はだれか
大岡忠相
2
徳川吉宗の改革
享保の改革
3
9代将軍の小姓から大名にとりたてられ、1767(明和4)年に10代将軍の側用人となり、幕政を掌握したのはだれか。
田沼意次
4
田沼意次は蝦夷地の開発やロシアとの貿易を計画したが、このことを進言した仙台藩医はだれか。
工藤平助
5
田沼意次が派した北方探査隊の中心人物で、本田利明に天文・測量などを学んだ出羽出身の人物はだれか。
最上徳内
6
宝暦事件で追放令に処せられた神道家はだれか
竹内式部
7
解体新書の翻訳を行った人物のうち、豊前中津藩医はだれか。
前野良沢
8
解体新書の翻訳の苦心談を中心として回想録を著した人物はだれか。
杉田玄白
9
前野良沢や杉田玄白に蘭学を学び、江戸で商学塾を開き、太陽暦の新年会であるオランダ正月を開催した人はだれか。芝蘭堂をつくった
大槻玄沢
10
オランダ人ハルマの「蘭仏辞典」を翻訳して、日本最初の蘭日辞書を作成した人はだれか。ハルマ和解を作成
稲村三伯
11
国学は元禄時代の契沖の古典研究から始まったものだが、その弟子で「記紀」を研究して日本固有の道を明らかにしようとした京都伏見神社の神職はだれか
荷田春満
12
浜松の神職の出で、「万葉集」を中心とした古典研究から、外来思想である儒仏の影響を受けない純粋固有の日本古代精神の復活をはかり復古主義をとなえた人はだれか。
賀茂真淵
13
伊勢松坂の医者で、自宅の鈴の屋で国学を講じ、精緻な実証的古典研究法や復古思想を大成した人はだれか。古事記伝が代表作
本居宣長
14
賀茂真淵に学び、古代から江戸初期にいたる国書を分類・集録し、その後の国文・国史の研究に大きく貢献した盲目の国学者はだれか。群書類従を編纂
塙保己一
15
本居宜長の没後の門人で、古道説を継承し、仏を鋭く批判して宗教的国粋主義の傾向を強め、それを神道として大成したのはだれか。復古神道の唱えた
平田篤胤
16
江戸で兵学塾を開き、幕府の要地攻略を例として説いたため、藤井右門とともに死利に処せられたのはだれか
山県大弐
17
町人道徳として、神、仏、儒の諸説を平易に説明し、倹約、堪忍、正直や知足安文をはじめて説いた人物
石田梅岩
18
懐徳堂出身の町人学者で唯物論、無神論を説いたのは誰か。夢の代を説いた
山片蟠桃
19
洒落本の代表的作家で風俗を乱すものとして寛政の改革で手鎖50日の処罰を受けたのは誰か。仕懸文庫が代表作
山東京伝
20
18世紀半ばの俳人・文人画家で、蕉風への復帰をとなえ、絵画的な俳諧で天明調と称されたのはだれか。
蕪村
21
近松門左衛門の指導を受け,18世紀前半に活躍した浄瑠璃作家で座元でもあった人はだれか。仮名手本忠臣蔵を描いた
竹田出雲
22
錦絵の技法を創始したのは誰か
鈴木春信
23
美人画の大家で、特に人物の上半身を画面いっぱいの構図で描く様式で名声を博した浮世絵師はだれか。
喜多川歌麿
24
18世紀末の浮世絵師で、1年足らずの間に140枚もの個性的な役者絵と相撲絵を残したのはだれか
東洲斎写楽
25
享保年間に来日した清の画家沈南蘋が伝えた写実法と洋画の遠近法を取り入れ、写生画を大成した人物はだれか
円山応挙
26
京都の人で、明・清の絵に学びながら、日本的な文人画を大成した人はだれか。蕪村と合作した作品十便十宣図がある
池大雅
27
長崎におもむき洋画を研究し、平賀源内に学んで日本最初の銅版画に成功したのはだれか
司馬江漢
28
徳川家斉将軍の初期に、老中首座として幕政を担当したのはだれか。
松平定信
29
松平定信による政治改革をなんとよんでいるか
寛政の改革
30
寛政の改革で処罰を受けた黄表紙作家はだれか。
恋川春町
31
松平定信は、1792(寛政4)年に、ロシアに備えて海防の必要を説いた人物を禁錮刑に処し、著書を絶版・発売禁止にした。この弾圧された人物はだれか。海国兵談を著した
林子平
32
天保の飢饉に際し、窮民の救済のために、門弟や同士とともに大阪市中で蜂起し、鎮圧され自殺した大阪町奉行元与ちからはだれか。陽明学を教えていた
大塩平八郎
33
大塩平八郎の乱の影響を受けて越後柏崎でも国学者が蜂起したが、この人物を何というか。
生田万
34
19世紀前半の幕藩体制をゆるがす内憂外患に対処するために行われた幕政改革を何というか。
天保の改革
35
天保の改革を推進した徳川家慶の時の老中はだれか
水野忠邦
36
丹後宮津出身の儒学者・経済学者で、商品経済・貨幣経済への蔑視は誤りであると指摘し、専売制度による富国強兵、封建制の再建を主張したのはだれか。稽古談を著した
海保青陵
37
越後出身の思想家で、開国の必要と貿易振興、植民地経営による富国策を主張したのはだれか。西域物語や経世秘策を説いた
本田利明
38
出羽出身の思想家・経済学者で、諸学を修め、生産の国営化・貿易振興のために海外経略論を展開したのはだれか。経済要録を主張
佐藤信淵
39
幕府の天文方となり、間重富らとともに西洋暦法を取り入れた暦をつくったのはだれか。
高橋至時
40
大日本沿海輿地全図の元となった測量をした人物
伊能忠敬
41
蛮書和解御用の設置を建言したのはだれか
高橋景保
42
本木良栄に学び、天文・物理学の入門書を翻訳し、地動説を紹介した学者で、長崎のオランダ通詞でもあった人物はだれか。暦象新書を著した
志筑忠雄
43
江戸で宇田川玄真に、また長崎でオランダ商館医に学び、のちに大坂で開学塾を開いて青年の教育、種痘の普及に尽した人物はだれか。適塾を開校
緒方洪庵
44
ドイツ人でオランダ商館の医師として来日し、長崎郊外に診療所兼学業を設けた人物はだれか。鳴滝塾を開校
シーボルト
45
東海道中膝栗毛の作者はだれか
十返舎一九
46
人情本の代表的作家で、天保の改革で処罰されたのはだれか。春色梅児誉美が代表作
為永春水
47
偽紫田舎源氏の作者は誰か
柳亭種彦
48
雨月物語の作者はだれか。
上田秋成
49
19世紀初期の読本の作家で、雄大な構想と複雑な事件を整然と脚色したのはだれか。南総里見八犬伝が代表作
曲亭馬琴
50
化政期に出た信濃出身の俳人で、強者に対する反抗心と弱者への温かい同情心を示す、人間味豊かな俳諸を残したのはだれか。おらが春を著した
小林一茶
51
風景版画の大成者の一人で、和漢洋諸派の画法を学び独自の画風を開き、富士山を大胆な構図と剛健な事致で描いたのはだれか。富嶽三十六景が代表作
葛飾北斎
52
風景版画の大成者の一人で、歌川派の画法を学び、1833(天保4)年に代表作となる東海道宿場の風景と風俗の版画を刊行して名声を得たのはだれか。東海道五十三次が代表作
歌川広重