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世界史2

世界史2
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  • sautaりおん
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  • 1

    絶対王政崩壊の直接的原因となった人物

    ルイ14世

  • 2

    旧制度別名

    アンシャン・レジーム

  • 3

    旧制度下の社会矛盾について。 特権身分は第1、2身分であり特権は、重要な官職独占、①など。 第2身分は全人口の②%でありながら、国土の③%を所有した。

    ①免税特権、②2、③40

  • 4

    旧制度化の不条理に対し、平民寄りの聖職者であるアベ・ジェイエスは〇〇を出版した。

    第三身分とは何か

  • 5

    これ以降、啓蒙思想が広まり、①、②、③などが活躍する

    ヴォルテール、モンテスキュー、ルソー

  • 6

    ルイ16世は財政再建計画のために銀行員の①、②などを登用し、③の廃止を企図した。これに対して貴族が反発し、久しく三部会が開かれることとなる

    ①テュルゴー、②ネッケル、③免税特権

  • 7

    三部会において特権階級と第3身分は、まず①で対立した。この際激昂した第三身分により、②が成立する。この際平民は自分たちこそが真なる議会であると主張した

    ①議決方法、②国民議会

  • 8

    国民議会成立の勢いで〇〇がたてられる。内容は「憲法が制定されるまで解散しない」ことであり、すなわち国民議会とは憲法制定議会であった。これに対し国王は武力で反発及びネッケルを罷免したため、より反感をかうことになる。

    球技場の誓い

  • 9

    不満をためた平民たちはついに決起する。廃兵院にて武器を奪った後、①を起こして弾丸を奪う。これにより革命は全国に波及。国民議会は②を廃止する。これでは農奴制、③、領主裁判権は無償で廃止するとしたものの地代、年貢の廃止は有料であった。国民の苦しみは続き、つい1789年8月④が出される。起草者は⑤で、自由平等、主権在民、特に私有財産の不可侵をうたった。

    ①バスティーユ牢獄襲撃、②封建的制度、③十分の一税、④フランス人権宣言、⑤ラ・ファイエット

  • 10

    人権宣言が無視されたこと、火山噴火に伴う飢饉により、①が行われた(女性中心、パンを求めて)。王はこの際人権宣言を認めるとともにテュイルリー宮殿に変更された。

    ヴェルサイユ行進

  • 11

    一方立憲君主者たち(国民議会)により教会財産没収、貨幣の増産、度量衡統一(m)が行われた。立憲君主派の〇〇、ラファイエットらには王制廃止の意図はなかった。〇〇は義眼でヤブ睨みの〇〇などと呼ばれ、王に最も信頼された。

    ミラボー

  • 12

    1791年、ミラボーの死に動揺した国王は一家ともども①を起こし、フランスからオーストリアへの逃亡を図るも失敗。国民による王への信頼は失墜した。この後共和派の権威が高まり、アントワネットの身を案じたレオポルド2世により声明もだされる。これを恐れてフランスでは②が制定された。②は立憲君主制、制限選挙。

    ①ヴァレンヌ逃亡事件、②1791年憲法

  • 13

    共和派の台頭により、立法議会が招集された。議会構成はフイヤン派(①派)、ジロンド派(②派)、ジャコバン派(③派)。 このうち、まずは④派内閣が成立し、オーストリアに対して宣戦した。(囚われの王一家は負けてほしいので敵軍に内通)祖国の危機とあって、⑤が全国から集まった。少しして、王一家の裏切りがバレたことによって民衆・⑤がテュイルリー宮殿を襲撃した。(⑥事件)議会は王を幽閉し、⑦した。(⑥の最大のポイント)フイヤン派(①派)が没落し、革命は急進化する。

    ①立憲君主、②穏健共和、③急進共和、④ジロンド、⑤義勇兵、⑥8月10日、⑦王権を停止

  • 14

    ②において義勇軍は初めてオーストリア・プロイセン軍に勝利した。このとき戦役に参加したプロイセンの文豪王ゲーテ(大事)は③と残している。これを契機に台頭していたジャコバン派は、立法議会改め④をつくる。(選挙は普通選挙)王政は廃止され、⑤が成立した。ついにルイ16世は処刑され、危機感を煽られた周辺国により⑥が結成された。提唱者は英首相の⑦。此の後生き残った王党派により各地で農民反乱(徴兵の不満から)も起きる。

    ②ヴァルミーの戦い、③この日、この場所から世界史の新しい時代が始まる、④国民公会、⑤第一共和政、⑥第1回対仏大同盟、⑦小ピット

  • 15

    ジャコバン派(①)が台頭を始める。まずはジロンド派を追放。ジャコバン派は②の下、多くのジロンド派や半革命容疑者らを殺害した。最初の指導者は③。暗殺の天使シャルロットコルデににより暗殺される。次の指導者は金に汚い④。これも処刑され、次の指導者は⑤。⑤は革命裁判所、事実上の政府に当たる執行機関⑥、警察機関の⑦を創設。1793年には1793年憲法が発布された。この憲法では選挙法に⑧をとっていたが、ついぞ実施はされなかった。この他⑨の無償廃止、理性崇拝の宗教を創設し、⑩を禁止、物価・資金の最高額統制、徴兵令を実施したことで、国民からの不満があつまる。そして1794年七月、⑪が起こり、⑤は処刑された。これにより恐怖政治は終結した。(⑫) ※⑫は締められすぎた政治を緩めること。

    ①急進共和主義者、②恐怖政治、③マラー、④ダントン、⑤ロベスピエール、⑥公安委員会、⑦保安委員会、⑧男子普通選挙、⑨封建的特権、⑩キリスト教、⑪テルミドールのクーデタ、⑫テルミドール反動

  • 16

    失脚した山岳派に代わり、①が再び実権を握り、1795に発布された憲法(1,795年憲法)では選挙制として②を取った。国民公会が解散され、新たに二院制議会、③人の総裁が指導する④が作られた。(指導力弱い)④による治世が不安定だったので、かつての貴族により私有財産の廃止(大事)を主張し、政府転覆を計画する⑤も計画されたが未遂に終わる。このときの悪性インフレや他国との戦争の中のなか、民衆の求めに応えるようにナポレオンが登場する。

    ①穏健共和主義者、②制限選挙制、③5、④総裁政府、⑤バブーフの陰謀

  • 17

    英雄ナポレオン、正式名称ナポレオン・ポナパルト。経緯はプリント参照。1796年、①を行い、カンポ=フェルミおの和訳により第一次対仏大同盟を解消させる(大事)。勢いづいたナポレオンは、②に出る。この際ヒエログリフ解読の資料となる③を発見したが、アブキール湾の戦いで④に敗北した。ナポレオンの敗北をうけ、またも英首相ピットにより⑤が成立する。フランス本国ではイタリア奪還、迫る軍の圧力をうけ、総裁政府に対する不満が高まっていた。 アブキール湾での戦いの後、密かに帰国していたナポレオンは1799年11月に⑥を起こし総裁政府を打倒、⑦を樹立した。ナポレオンは⑧に就任し、事実上の独裁権を得た。

    ①イタリア遠征、②エジプト遠征、③ロゼッタストーン、④ネルソン、⑤第二次対仏大同盟、⑥ブリュメール十八日のクーデタ、⑦統領政府、⑧第一統領

  • 18

    外征 1800年、ナポレオン二度目のイタリア遠征によりオーストリアを撃破することで武威を見せつけ、①(コンコルダート)によりローマ教皇と和解、カトリックを復活させた。同様に1802年、ピットの辞職を機にイギリスと和解し、②を結んだことで、第2回対仏大同盟(重要)を解消させた。 内政 1802年、ナポレオンは③に就任、2年後3月には④(フランス民法典)を制定した。④では特に私有財産の不可侵が強く謳われた。同年5月、ついに⑤を樹立し、ナポレオン1世として皇帝になった。 平民の皇帝が誕生したことでまたも周辺国はビビり散らかし、⑥を結成した。(対立国はイギリス、オーストリア、ロシア)

    ①宗教協約、②アミアン条約、③終身統領、④ナポレオン法典、⑤第1帝政、⑥第3回対仏大同盟

  • 19

    対仏大同盟を破るため、まずはスペイン南部でイギリスと①を起こし、またもネルソン提督に敗れる。(このときネルソン提督死亡)海路は諦めたナポレオンは陸路を征き、オーストリア東部にて②を起こす。この戦いでオーストリア・ロシアに勝利し、第3回対仏大同盟は解消された。勢いづくナポレオンをみて、西南ドイツ諸法同盟(当時荘園だらけ)からの離反者が③を結成し、ナポレオンについたことで④は滅亡した。ついにプロイセンも重い腰を上げたが破れ、大陸内部での覇権を手に入れたフランスは、⑤令(ベルリン勅令)を出し、通商禁止、市場独占にでた。またプロイセンに屈辱的な(大事)⑥を結ばせた。(人口と領土半減)

    ①トラファルガーの海戦、②アウステルリッツの三帝会戦、③ライン同盟、④神聖ローマ帝国、⑤大陸封鎖令、⑥ティルジット条約

  • 20

    ナポレオンが自由・平等を掲げて闘っていたために、ヨーロッパ各地で①が芽生えていた。しかし結局自由・平等は与えられなかったので、民衆の不満が高まり②が起こる。また他方プロイセンでは③、④らの活躍により⑤(農)に始まる近代化が進み、⑥の公演「ドイツ国民に告ぐ」では民族の誇りや愛国心(大事)を換気した。

    ①民族意識、②スペイン反乱、③シュタイン、④ハルデンベルク、⑤農民解放、⑥フィヒテ

  • 21

    ロシアが大陸封鎖令に違反してイギリスに穀物を輸出したのでお仕置きとしてナポレオンは①を行なう。しかしロシアの焦土作戦と雪により撤退を迫られ、軍の大半を失う。これを契機に対仏大同盟も組まれ、1813年、ついに②(諸国民の戦い)が起きる。ナポレオンはついに敗北し、パリは陥落ナポレオンは流刑、ブルボン朝が復活し③が即位した。しかし③がクソ野郎すぎたので後の百日天下の火種となる。1814年、ナポレオン戦争の講和会議として④が開かれる。これでもたついたためナポレオンが流刑先から帰ってきてしまい、ふたたび皇帝に即位。これに対抗してもう何度目か分からない対仏大同盟(5回目)が開かれ、⑤の戦いが起きる。⑤では兵力差が二万ほどしかなく両軍ともに奇襲を仕掛けていたが、連合軍のほうが早く援軍が到着し結果、英将軍⑥に敗北。 ナポレオンはアフリカ近くの孤島、⑦まで流された。

    ①ロシア遠征、②ライプツィヒの戦い、③ルイ18世、④ウィーン会議、⑤ワーテルロー、⑥ウェリントン、⑦セントヘレナ島

  • 22

    ウィーン会議の参加者はオーストリア代表アタマカチンコ鈍くさ野郎の①、フランス代表の腹黒二枚舌②(変わり身が早い)、ナポレオンに兵を失わせたことで英雄扱いのロシア皇帝③など。司会は例のアタマニブチン、①。利害の対立が起きたのでウィーン会議は④などと揶揄される。ここで腹黒②が⑤を提案。フランス革命以前の状態を正統とすることでフランスは領土を守った。④とすら言われる状態であったが、ナポレオンのエルバ島脱出を機に妥協が成立し、⑥が定められる。⑦が基本方針とされ、革命前の君主による支配に戻った。

    ①メッテルニヒ、②タレーラン、③アレクサンドル1世、④会議は踊る、されど進まず、⑤正統主義、⑥ウィーン議定書、⑦王政復古

  • 23

    大国(オーストリア、プロイセン、ロシア、イギリス)の利害調整により①を図るため、領土の再分配が行われる。 ロシアは②を成立させ、傀儡とした。具体的にはロシア帝が②の王を兼ねた。なおこれ以前の②は大国がちょこちょこ取っていった結果消滅していた。オーストリアは北イタリア(③、④)を獲得、ベルギーを手放した。イギリスは国外市場を求めスリランカの⑤、旧オランダ領であったアフリカの⑥、そしてヨーロッパの⑦を手に入れた。ドイツはライン同盟より再び集合し、⑧を作った。⑧は35の⑨と4の⑩から構成される。スイスは⑪と化した。

    ①勢力均衡、②ポーランド立憲王国、③ヴェネツィア、④ロンバルディア、⑤セイロン島、⑥ケープ植民地、⑦マルタ島、⑧ドイツ連邦、⑨君主国、⑩自由市、⑪永世中立国

  • 24

    ウィーン体制は1815年から48年まで続く。ウィーン体制側の体制を①ともいう。①は②、③などを抑圧した。ウィーン体制を支えた2つの組織は、英雄アレクサンドル1世提唱の④、当時の大国の軍事同盟である⑤であった。当時のオーストリアは⑥であったので、②や③をひどく恐れていた。

    ①保守反動体制、②自由主義、③国民主義、④神聖同盟、⑤四国同盟、⑥複合民族国家

  • 25

    保守反動と各国民の間で様々な対立が起きる。ドイツでは学生が自由と統一を要求する①運動が起きた。(メッテルニヒが妨害)イタリアでは秘密結社②が③を要求した。スペインではスペイン立憲革命が起き、憲法制定にこぎつけるもフランス軍の干渉により挫折した。ロシアではアレクサンドルの病死を受けて自由主義的貴族、青年将校が立憲政治と農奴解放を目指して④の乱(12月党の乱)を行ったが、⑤により鎮圧された。

    ①ブルシェンシャフト、②カルボナリ、③憲法と民族解放・国家統一、④デカブリスト、⑤ニコライ1世

  • 26

    一方アメリカ大陸ではようやっとフランス革命の波がやってきて、またナポレオンがスペインなど旧時代の支配者をぶっ壊したため、ラテンアメリカの国々が独立を始める。最初に独立したのは初の黒人共和国の①。指導者は元奴隷、黒いジャコバンと呼ばれた②。しばらく時間をおいて、南アメリカ北側で後にボリビア共和国を作った③が④を建国する。(後に分離し3つの国に) 南側では⑤がアルゼンチン・チリを独立させた。③と⑤は何故か仲が悪く、西中部のペルー(スペイン軍本拠地)を落とす際は協力しなかった。また北アメリカ南では⑥が革命のきっかけとなりメキシコが独立している。②を除いて、一連の独立の中心となっていたのは現地生まれの白人である⑦であった。

    ①ハイチ、②トゥサン・ルーベルチュール、③シモン・ボリバル、④大コロンビア共和国、⑤サン・マルティン、⑥イダルゴ、⑦クリオーリョ

  • 27

    独立を巡る諸外国の対応としては、勿論メッテルニヒは反対、しかし既に独立を果たしていたアメリカの5代目大統領がアメリカとヨーロッパ諸国との相互不干渉(大事)を主張し①宣言を出したほかイギリスの②が中南米市場の開拓を狙い独立を支持したのでなんとかなった。他方ギリシャでは長らくオスマン帝国の支配が続いていたが、ヨーロッパの領土を取り戻そうとする英仏、野心に燃えるロシアの支援や、バイロン、ドラクロワ(③で告発)などといった④の支援により1821年⑤を開始し、8年後には独立を果たした。

    ①モンロー、②カニング外交、③キオス島の虐殺、④ロマン主義者、⑤ギリシャ独立戦争

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    問題一覧

  • 1

    絶対王政崩壊の直接的原因となった人物

    ルイ14世

  • 2

    旧制度別名

    アンシャン・レジーム

  • 3

    旧制度下の社会矛盾について。 特権身分は第1、2身分であり特権は、重要な官職独占、①など。 第2身分は全人口の②%でありながら、国土の③%を所有した。

    ①免税特権、②2、③40

  • 4

    旧制度化の不条理に対し、平民寄りの聖職者であるアベ・ジェイエスは〇〇を出版した。

    第三身分とは何か

  • 5

    これ以降、啓蒙思想が広まり、①、②、③などが活躍する

    ヴォルテール、モンテスキュー、ルソー

  • 6

    ルイ16世は財政再建計画のために銀行員の①、②などを登用し、③の廃止を企図した。これに対して貴族が反発し、久しく三部会が開かれることとなる

    ①テュルゴー、②ネッケル、③免税特権

  • 7

    三部会において特権階級と第3身分は、まず①で対立した。この際激昂した第三身分により、②が成立する。この際平民は自分たちこそが真なる議会であると主張した

    ①議決方法、②国民議会

  • 8

    国民議会成立の勢いで〇〇がたてられる。内容は「憲法が制定されるまで解散しない」ことであり、すなわち国民議会とは憲法制定議会であった。これに対し国王は武力で反発及びネッケルを罷免したため、より反感をかうことになる。

    球技場の誓い

  • 9

    不満をためた平民たちはついに決起する。廃兵院にて武器を奪った後、①を起こして弾丸を奪う。これにより革命は全国に波及。国民議会は②を廃止する。これでは農奴制、③、領主裁判権は無償で廃止するとしたものの地代、年貢の廃止は有料であった。国民の苦しみは続き、つい1789年8月④が出される。起草者は⑤で、自由平等、主権在民、特に私有財産の不可侵をうたった。

    ①バスティーユ牢獄襲撃、②封建的制度、③十分の一税、④フランス人権宣言、⑤ラ・ファイエット

  • 10

    人権宣言が無視されたこと、火山噴火に伴う飢饉により、①が行われた(女性中心、パンを求めて)。王はこの際人権宣言を認めるとともにテュイルリー宮殿に変更された。

    ヴェルサイユ行進

  • 11

    一方立憲君主者たち(国民議会)により教会財産没収、貨幣の増産、度量衡統一(m)が行われた。立憲君主派の〇〇、ラファイエットらには王制廃止の意図はなかった。〇〇は義眼でヤブ睨みの〇〇などと呼ばれ、王に最も信頼された。

    ミラボー

  • 12

    1791年、ミラボーの死に動揺した国王は一家ともども①を起こし、フランスからオーストリアへの逃亡を図るも失敗。国民による王への信頼は失墜した。この後共和派の権威が高まり、アントワネットの身を案じたレオポルド2世により声明もだされる。これを恐れてフランスでは②が制定された。②は立憲君主制、制限選挙。

    ①ヴァレンヌ逃亡事件、②1791年憲法

  • 13

    共和派の台頭により、立法議会が招集された。議会構成はフイヤン派(①派)、ジロンド派(②派)、ジャコバン派(③派)。 このうち、まずは④派内閣が成立し、オーストリアに対して宣戦した。(囚われの王一家は負けてほしいので敵軍に内通)祖国の危機とあって、⑤が全国から集まった。少しして、王一家の裏切りがバレたことによって民衆・⑤がテュイルリー宮殿を襲撃した。(⑥事件)議会は王を幽閉し、⑦した。(⑥の最大のポイント)フイヤン派(①派)が没落し、革命は急進化する。

    ①立憲君主、②穏健共和、③急進共和、④ジロンド、⑤義勇兵、⑥8月10日、⑦王権を停止

  • 14

    ②において義勇軍は初めてオーストリア・プロイセン軍に勝利した。このとき戦役に参加したプロイセンの文豪王ゲーテ(大事)は③と残している。これを契機に台頭していたジャコバン派は、立法議会改め④をつくる。(選挙は普通選挙)王政は廃止され、⑤が成立した。ついにルイ16世は処刑され、危機感を煽られた周辺国により⑥が結成された。提唱者は英首相の⑦。此の後生き残った王党派により各地で農民反乱(徴兵の不満から)も起きる。

    ②ヴァルミーの戦い、③この日、この場所から世界史の新しい時代が始まる、④国民公会、⑤第一共和政、⑥第1回対仏大同盟、⑦小ピット

  • 15

    ジャコバン派(①)が台頭を始める。まずはジロンド派を追放。ジャコバン派は②の下、多くのジロンド派や半革命容疑者らを殺害した。最初の指導者は③。暗殺の天使シャルロットコルデににより暗殺される。次の指導者は金に汚い④。これも処刑され、次の指導者は⑤。⑤は革命裁判所、事実上の政府に当たる執行機関⑥、警察機関の⑦を創設。1793年には1793年憲法が発布された。この憲法では選挙法に⑧をとっていたが、ついぞ実施はされなかった。この他⑨の無償廃止、理性崇拝の宗教を創設し、⑩を禁止、物価・資金の最高額統制、徴兵令を実施したことで、国民からの不満があつまる。そして1794年七月、⑪が起こり、⑤は処刑された。これにより恐怖政治は終結した。(⑫) ※⑫は締められすぎた政治を緩めること。

    ①急進共和主義者、②恐怖政治、③マラー、④ダントン、⑤ロベスピエール、⑥公安委員会、⑦保安委員会、⑧男子普通選挙、⑨封建的特権、⑩キリスト教、⑪テルミドールのクーデタ、⑫テルミドール反動

  • 16

    失脚した山岳派に代わり、①が再び実権を握り、1795に発布された憲法(1,795年憲法)では選挙制として②を取った。国民公会が解散され、新たに二院制議会、③人の総裁が指導する④が作られた。(指導力弱い)④による治世が不安定だったので、かつての貴族により私有財産の廃止(大事)を主張し、政府転覆を計画する⑤も計画されたが未遂に終わる。このときの悪性インフレや他国との戦争の中のなか、民衆の求めに応えるようにナポレオンが登場する。

    ①穏健共和主義者、②制限選挙制、③5、④総裁政府、⑤バブーフの陰謀

  • 17

    英雄ナポレオン、正式名称ナポレオン・ポナパルト。経緯はプリント参照。1796年、①を行い、カンポ=フェルミおの和訳により第一次対仏大同盟を解消させる(大事)。勢いづいたナポレオンは、②に出る。この際ヒエログリフ解読の資料となる③を発見したが、アブキール湾の戦いで④に敗北した。ナポレオンの敗北をうけ、またも英首相ピットにより⑤が成立する。フランス本国ではイタリア奪還、迫る軍の圧力をうけ、総裁政府に対する不満が高まっていた。 アブキール湾での戦いの後、密かに帰国していたナポレオンは1799年11月に⑥を起こし総裁政府を打倒、⑦を樹立した。ナポレオンは⑧に就任し、事実上の独裁権を得た。

    ①イタリア遠征、②エジプト遠征、③ロゼッタストーン、④ネルソン、⑤第二次対仏大同盟、⑥ブリュメール十八日のクーデタ、⑦統領政府、⑧第一統領

  • 18

    外征 1800年、ナポレオン二度目のイタリア遠征によりオーストリアを撃破することで武威を見せつけ、①(コンコルダート)によりローマ教皇と和解、カトリックを復活させた。同様に1802年、ピットの辞職を機にイギリスと和解し、②を結んだことで、第2回対仏大同盟(重要)を解消させた。 内政 1802年、ナポレオンは③に就任、2年後3月には④(フランス民法典)を制定した。④では特に私有財産の不可侵が強く謳われた。同年5月、ついに⑤を樹立し、ナポレオン1世として皇帝になった。 平民の皇帝が誕生したことでまたも周辺国はビビり散らかし、⑥を結成した。(対立国はイギリス、オーストリア、ロシア)

    ①宗教協約、②アミアン条約、③終身統領、④ナポレオン法典、⑤第1帝政、⑥第3回対仏大同盟

  • 19

    対仏大同盟を破るため、まずはスペイン南部でイギリスと①を起こし、またもネルソン提督に敗れる。(このときネルソン提督死亡)海路は諦めたナポレオンは陸路を征き、オーストリア東部にて②を起こす。この戦いでオーストリア・ロシアに勝利し、第3回対仏大同盟は解消された。勢いづくナポレオンをみて、西南ドイツ諸法同盟(当時荘園だらけ)からの離反者が③を結成し、ナポレオンについたことで④は滅亡した。ついにプロイセンも重い腰を上げたが破れ、大陸内部での覇権を手に入れたフランスは、⑤令(ベルリン勅令)を出し、通商禁止、市場独占にでた。またプロイセンに屈辱的な(大事)⑥を結ばせた。(人口と領土半減)

    ①トラファルガーの海戦、②アウステルリッツの三帝会戦、③ライン同盟、④神聖ローマ帝国、⑤大陸封鎖令、⑥ティルジット条約

  • 20

    ナポレオンが自由・平等を掲げて闘っていたために、ヨーロッパ各地で①が芽生えていた。しかし結局自由・平等は与えられなかったので、民衆の不満が高まり②が起こる。また他方プロイセンでは③、④らの活躍により⑤(農)に始まる近代化が進み、⑥の公演「ドイツ国民に告ぐ」では民族の誇りや愛国心(大事)を換気した。

    ①民族意識、②スペイン反乱、③シュタイン、④ハルデンベルク、⑤農民解放、⑥フィヒテ

  • 21

    ロシアが大陸封鎖令に違反してイギリスに穀物を輸出したのでお仕置きとしてナポレオンは①を行なう。しかしロシアの焦土作戦と雪により撤退を迫られ、軍の大半を失う。これを契機に対仏大同盟も組まれ、1813年、ついに②(諸国民の戦い)が起きる。ナポレオンはついに敗北し、パリは陥落ナポレオンは流刑、ブルボン朝が復活し③が即位した。しかし③がクソ野郎すぎたので後の百日天下の火種となる。1814年、ナポレオン戦争の講和会議として④が開かれる。これでもたついたためナポレオンが流刑先から帰ってきてしまい、ふたたび皇帝に即位。これに対抗してもう何度目か分からない対仏大同盟(5回目)が開かれ、⑤の戦いが起きる。⑤では兵力差が二万ほどしかなく両軍ともに奇襲を仕掛けていたが、連合軍のほうが早く援軍が到着し結果、英将軍⑥に敗北。 ナポレオンはアフリカ近くの孤島、⑦まで流された。

    ①ロシア遠征、②ライプツィヒの戦い、③ルイ18世、④ウィーン会議、⑤ワーテルロー、⑥ウェリントン、⑦セントヘレナ島

  • 22

    ウィーン会議の参加者はオーストリア代表アタマカチンコ鈍くさ野郎の①、フランス代表の腹黒二枚舌②(変わり身が早い)、ナポレオンに兵を失わせたことで英雄扱いのロシア皇帝③など。司会は例のアタマニブチン、①。利害の対立が起きたのでウィーン会議は④などと揶揄される。ここで腹黒②が⑤を提案。フランス革命以前の状態を正統とすることでフランスは領土を守った。④とすら言われる状態であったが、ナポレオンのエルバ島脱出を機に妥協が成立し、⑥が定められる。⑦が基本方針とされ、革命前の君主による支配に戻った。

    ①メッテルニヒ、②タレーラン、③アレクサンドル1世、④会議は踊る、されど進まず、⑤正統主義、⑥ウィーン議定書、⑦王政復古

  • 23

    大国(オーストリア、プロイセン、ロシア、イギリス)の利害調整により①を図るため、領土の再分配が行われる。 ロシアは②を成立させ、傀儡とした。具体的にはロシア帝が②の王を兼ねた。なおこれ以前の②は大国がちょこちょこ取っていった結果消滅していた。オーストリアは北イタリア(③、④)を獲得、ベルギーを手放した。イギリスは国外市場を求めスリランカの⑤、旧オランダ領であったアフリカの⑥、そしてヨーロッパの⑦を手に入れた。ドイツはライン同盟より再び集合し、⑧を作った。⑧は35の⑨と4の⑩から構成される。スイスは⑪と化した。

    ①勢力均衡、②ポーランド立憲王国、③ヴェネツィア、④ロンバルディア、⑤セイロン島、⑥ケープ植民地、⑦マルタ島、⑧ドイツ連邦、⑨君主国、⑩自由市、⑪永世中立国

  • 24

    ウィーン体制は1815年から48年まで続く。ウィーン体制側の体制を①ともいう。①は②、③などを抑圧した。ウィーン体制を支えた2つの組織は、英雄アレクサンドル1世提唱の④、当時の大国の軍事同盟である⑤であった。当時のオーストリアは⑥であったので、②や③をひどく恐れていた。

    ①保守反動体制、②自由主義、③国民主義、④神聖同盟、⑤四国同盟、⑥複合民族国家

  • 25

    保守反動と各国民の間で様々な対立が起きる。ドイツでは学生が自由と統一を要求する①運動が起きた。(メッテルニヒが妨害)イタリアでは秘密結社②が③を要求した。スペインではスペイン立憲革命が起き、憲法制定にこぎつけるもフランス軍の干渉により挫折した。ロシアではアレクサンドルの病死を受けて自由主義的貴族、青年将校が立憲政治と農奴解放を目指して④の乱(12月党の乱)を行ったが、⑤により鎮圧された。

    ①ブルシェンシャフト、②カルボナリ、③憲法と民族解放・国家統一、④デカブリスト、⑤ニコライ1世

  • 26

    一方アメリカ大陸ではようやっとフランス革命の波がやってきて、またナポレオンがスペインなど旧時代の支配者をぶっ壊したため、ラテンアメリカの国々が独立を始める。最初に独立したのは初の黒人共和国の①。指導者は元奴隷、黒いジャコバンと呼ばれた②。しばらく時間をおいて、南アメリカ北側で後にボリビア共和国を作った③が④を建国する。(後に分離し3つの国に) 南側では⑤がアルゼンチン・チリを独立させた。③と⑤は何故か仲が悪く、西中部のペルー(スペイン軍本拠地)を落とす際は協力しなかった。また北アメリカ南では⑥が革命のきっかけとなりメキシコが独立している。②を除いて、一連の独立の中心となっていたのは現地生まれの白人である⑦であった。

    ①ハイチ、②トゥサン・ルーベルチュール、③シモン・ボリバル、④大コロンビア共和国、⑤サン・マルティン、⑥イダルゴ、⑦クリオーリョ

  • 27

    独立を巡る諸外国の対応としては、勿論メッテルニヒは反対、しかし既に独立を果たしていたアメリカの5代目大統領がアメリカとヨーロッパ諸国との相互不干渉(大事)を主張し①宣言を出したほかイギリスの②が中南米市場の開拓を狙い独立を支持したのでなんとかなった。他方ギリシャでは長らくオスマン帝国の支配が続いていたが、ヨーロッパの領土を取り戻そうとする英仏、野心に燃えるロシアの支援や、バイロン、ドラクロワ(③で告発)などといった④の支援により1821年⑤を開始し、8年後には独立を果たした。

    ①モンロー、②カニング外交、③キオス島の虐殺、④ロマン主義者、⑤ギリシャ独立戦争